「ペリリュー」という名は、つい先日まで知りませんでした。読書家の元校長先生にお会いしたときに、「最近読んだ本で良かった本はありますか?」と伺ったのです。
そうしたら「本ではなくて漫画なんだけどね。ペリリューって知っている?」と言われました。
太平洋戰爭、硫黄島の戦いの前の戦場であり、天皇陛下がパラオで慰霊に行かれた島とのことでした。天皇陛下がパラオに行かれたことはニュースで知っていましたが、それがペリリューであったことには気を止めていなかったのです。
元校長先生は、普段は漫画ではなく本を読まれるのですが、敢えて面白い本として漫画を紹介してくれたので、ペリリューについて自分なりに調べてみようと思いました。
近くの図書館にある本を検索し、まず『戦いいまだ終わらず』という本を借りてきました。
漫画の方は、武田一義さんの「ペリリュー 楽園のゲルニカ」というもので、2017年に日本漫画家協会賞優秀賞を受賞しているようです。
私は、漫画の方ではなく、先に本を読んでみようと思いました。
『戦いいまだ終わらず』著者 久山 忍
2009年産経新聞出版
ペリリュー島での戦いの全容を知るのであれば、この後に紹介する『玉砕の島 ペリリュー』を先に読まれた方が良いでしょう。
こちらの本は、生き残られた元海軍上等兵、土田喜代一さんに取材し、土田さんが語るような感じで書かれた本です。
戦いの概略は最初に説明がありますが、大半を土田さんの目を通して見たペリリュー島での戦いです。そのため、読んで行くと、自分が土田さんになったような思いでこの戦いを感じることができます。
後の本と微妙に違う箇所もあります。語りたくない部分もあったようです。1万1千人ほどの日本人が戦い、そのほとんどが亡くなりました。しかし、米軍が最初はこの小さな島は3日程で占領できると考えたところが、74日間もかかったのです。日本軍がそれまでの戦術を変え、ゲリラ戦をとるようになったからです。その戦法は、この後の硫黄島での戦いにも引き継がれたようです。
本のサブタイトルに「終戦を知らずに戦い続けた三十四人の兵士の物語」とあるように、昭和22年の4月まで終戦を信じず戦いを続けた三十四人は、土田さんの脱走と投降によってその命を救われることになります。しかし、その直前、土田さんと同じように終戦していることを信じかけたAさんは後ろから仲間に撃たれて死んでしまうのです。そのような陰惨なことも書かれているのですが、全体的なこの本の語り口は、淡々と、むしろあっけらかんとしていて、すっと読むことができます。
ですから、こちらの本を先に読むのも良いかもしれません。私は偶然、こちらの本を先に読んだのです。
『玉砕の島 ペリリュー 生還兵34人の証言』 著者 平塚 柾緒
2018年PHP出版
この本は、2010年学研が出版した『証言記録 生還 玉砕の島 ペリリュー戦記』を加筆修正して復刊されたものです。
私は、久山さんの本を読んだ後、中央図書館にあった2010年学研版を取り寄せて読みました。その後、書店でこの本を買いました。中身を確認すると最初にカラー写真が追加され、「はじめに」と「おわりに」が変わった以外はほとんど内容は変わらないようです。
久山さんの本に比べ、こちらの本は、写真や資料も多く、客観的にペリリューでの戦いを知ることができます。土田さんの証言も出てきますが、他の生還者の証言もあります。生還し、祖国に帰ってからのことも書いてあり、とてもよく取材をして書かれていることが伺えます。
どちらか一冊だけ読むとしたら、こちらの本をお薦めします。今年の7月に出たばかりの本ですから、書店でも手に入りやすいでしょう。
『戦いいまだ終らず』の方は書店では見かけないでしょうが、逆に図書館にはあると思います。
読みやすく一気に読めてしまったのは『戦いいまだ終らず』の方です。
著者 角幡唯介 文藝春秋社 2018年2月10日
ヤフーニュースと本屋大賞が連携して作り出した第1回「ノンフィクション本大賞」に角幡唯介氏の『極夜行』が選ばれたと8日に発表がありました。
実は私はこの本を何ヶ月も前に購入しておきながら読んでいませんでした。
買って来て、すぐにページを開いたのですが、妻の出産に立ち会う話がいきなり出て来て「あれあれ?」と思ったまま、他に読む本も同時にあったので、数ページ読んだ後、枕元の棚に置いてしまったのです。
8日にニュースを見てから再び手に取り、今度は2日間で一気に読んでしまいました。
最後まで読むと妻の出産シーンを最初に持って来た意味がわかりました。
『極夜行』はグリーンランド・シオラパルクの村から1匹の犬をつれ2台の橇を引っ張って北極海を目指す旅のドキュメントです。この極夜での探検は2016年の12月から翌年の2月にかけて行われましたが、その準備に2012年にカナダで極夜での歩行を実験をしています。さらに食料などのデポを行って今回に臨んだわけですが、思った通りはなりません。全くリスクがなければ冒険とは言えないでしょう。危険を冒しても得る価値があり、ベストを尽くして、そして生還する。それが優れた冒険と言えるのでしょう。
この本には、ジャケットと表紙、扉にこのような極夜に月が出ている様子の写真がある以外全く写真はありません。
カメラは持って行っていて写真も撮っているようですが、この本には載せていないのです。それでも太陽の全く出ない極夜の世界、その中で動く角幡氏や犬の姿が文章を読んでいて見えて来るようです。ブリザードの様子もどのようにブリザードが始まり、どのような凄まじさなのかが伝わって来ます。それだけ、角幡氏の文章が優れているということだと思います。
流石に最後のブリザードでは「もう私はこれまでの嵐の記述で自分のボキャブラリーをあらかた使い果たしてしまい、悲しいことにこの最後の風を表現する適切な言葉を持ち合わせていない」と書いてあるように、いかに読者に実際の状況を文章から伝えられるか苦心していることが伺えます。
私たちには太陽の動きで昼と夜があり、生活時間もそれに基づいています。しかし、太陽が全く登らず、全くの暗闇となる世界では人工的な明かり以外は月が唯一の明かりとなります。それに合わせて角幡氏も生活時間も変えています。しかし、単純には行きません。月は太陽と違って1日に1時間ずつぐらい登るのがずれて来るのです。天候が悪くなければ極夜の空は常に満点の星空なのでしょう。それをずっと見て歩いていると、自然と星に関わる妄想が湧いて来るようです。角幡氏の妄想が独特で面白いです。星座にまつわる神話もそのように星空が綺麗に見える世界で生まれたのでしょう。今の都会の夜空ではあり得ないことです。
こうしたことに限らず体験しないとわからない世界がそこにはあるのですが、そう簡単に体験できるわけではありません。この本に浸って体験してみるのが我々には無難なところでしょう。
角幡氏は、この旅を自分が勝負をかけた3つの旅の1つに挙げています。他の2つは『空白の5マイル』に書かれているチベット・ツアンボー峡谷の旅です。まだこちらを読んでいない方は、ぜひこちらの方も読むことをお勧めします。
「装丁山味」小泉 弘 著 山と渓谷社
小泉氏はデザイナーです。本の装丁に関する本ですが、タイトルからもわかるように山の本に特化した内容になっています。
小泉氏が装丁デザインした本がカラー写真でたくさん紹介されており、文章はその紹介した本にまつわる内容になっています。
本のカバーのことを小泉氏はジャケットと読んでいます。ジャケットを外した本の表紙のデザインをとても大切にしていることがわかります。考えた末の白表紙ならそれも良いと書いています。 この本はジャケットを外すとシンプルな活字でタイトルが打たれています。
最近はポスターのようなジャケットが多いと評しています。
私は、中学校の美術の教員だったときに、授業でブックデザインをやってみたいと思いましたが、ついに教材化しませんでした。しかし、本の装丁には興味を持ち続けていたので、この本に出会って嬉しく思いました。山の本であることも嬉しさの要因の一つです。読んでみたい本がいくつもあったからです。
左右社 『〆切本』2016年 『〆切本2』2017年
知人から『〆切本』を貸していただいて読みましたが、とても面白かったので、『〆切本2』も読みました。2の方も負けず劣らず良いので、どちらも読まれることをお勧めします。
私は知りませんでしたが、出た時に話題になった本なのだと思います。
よくこれだけ、作家さんの〆切の言い訳を集めたものだと思います。2の方は、言い訳だけでなく、作家さんが原稿を書くということに関しての思いを込めたエッセイも多くなっています。
夏目漱石から村上春樹さんなど今、活躍されている作家さんまで実に多くの作家さんの書かれたものを集めています。テーマは同じ「〆切」であっても、作家さんの人柄が伺えて面白いです。
2に出てきますが、ドストエフスキーが痔を原稿の遅れの言い訳にしていて、「罪と罰」の原稿の遅れを宣伝効果にすり替えるような話に持って行っているところなど、身近な人間くささが感じられて興味深かったです。
同じく2には、2018年の夏に亡くなられた、さくらももこさんが漫画作家としてデビューをする頃のことを書いています。
私は、漫画も好きですが、この「〆切本」には漫画作家さんも掲載されています。赤塚不二夫さんや藤子不二雄さんのものは別の本で見たように思います。しかし、江口寿史さんの「〆切の言い訳」は見たことがありませんでした。江口寿史さんは「ストップひばりくん」などを描かれている漫画家です。洗練された線の描写力で、とても魅力ある絵を描く人なので、私は注目していた作家さんなのです。しかし、遅筆と仕事の放棄で有名な方らしく、突然連載が途絶えたりする困った人なのです。この本では白いワニ=何も浮かばない白紙の原稿のことが出てきます。
2の三浦しおんさん、1の谷川俊太郎さんも良いです。三浦しおんさんは、原稿の〆切に追われる最中の家庭での出来事を目の当たりにそのやりとりが見えるような感じで書いています。
谷川俊太郎さんは依頼された詩の言い訳なのですが、最初は自身が言われる通り、散文になってしまいます。しかし、途中から谷川さん独特の詩のような感じに持って行こうとし、しかし散文で終わるというのが面白いです。
編集者からすると〆切を守る作家さんはありがたいはずです。私が若い頃愛読した「どくとるマンボウ航海記」の北杜夫さんはその点、優等生だったようです。北杜夫さんは、編集者から褒められたことを遠藤周作さんに話したら「だから君はいつまでも小作家扱いを受けるのだ。たとえ書けていようとも、いつまでもできずにいるふりをして、編集部をハラハラさせる。すると大作家として処遇されるのだ」と言われたと書いています。
1で井上ひさしさんが「缶詰体質について」という文章を書いていて、原稿の枚数や、〆切までの日数、作家の意気込み、缶詰病の潜伏期間などを数式で表し、話を展開しています。数式を使うなど面白いなあと思っていたら、2では松尾豊さんという方が、もう正に論文という感じで、数式も私がついていけないようなくらい並べて、「なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか」を論じているのです。
こうした遊び心満載のこの本は面白いです。オススメです。